【書評】Uber革命の真実

当たり前が当たり前でなくなる? 書籍“Uber革命の真実”

 

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遠く離れた人とテレビで顔を見ながら会話する、電話をかざすと支払いが完了する、個人同士で直接会う事なくモノの売り買いができる。

いま当たり前のように存在する事も、過去には想像すらできなかっただろう。亡くなった私の祖父母にこんな時代がくると言い聞かせてもきっと信じなかったに違いない。

生活を一変させた出来事は静かにやってきて、気がつくとそこら中に溢れている。いったい斯様な出来事はいつの間に我々の生活に根をおろしたのか?そもそもどこからやってきたのだろうか?

 

これまで見逃してきた世界の潮流の変わり目を見届けたい人には、この書籍は最適な水先案内人となる。なぜなら実はまた一つ、従来の当たり前をガラリと変えてしまう出来事がすぐそこに来ているのだ。それも疑う事もはばかられるような私たちの日常に密接な「移動手段」に関するところで起きようとしている。

 

私たちの日々の生活は移動の連続だ。買い物、通学、通勤、旅行、何かにつけてある地点から別の地点に移動をしている。バスや電車の発着時刻、乗り継ぎを調べて目的地を目指す。当たり前のようにこなしている移動のための作業も、乗り継ぎ失敗、早く着きすぎ、遅刻など考えればもっとよくなって欲しいと思い当たることがある。これがもし自分の出発したいタイミングに自分の家の前まで迎えに来て、時間通りに目的地まで送ってくれる乗り物があったらどうだろうか。しかもタクシーと異なり、スマートフォンで目的地を入れれば費用も到着時間も事前にわかり、支払いも運転手と直接やりとりせずにオンラインで決済できてしまう。

 

これが個人間で乗車を提供する「ライドシェアリング・サービス」だ。

車社会の米国で、不明瞭な料金、行き先を知らないドライバーなど既存タクシーに対する顧客の不満を解決する破壊的なサービスとしてイノベーションの発信地であるシリコンバレーで登場し、文字どおり米国のタクシー会社を破産に追い込むほどに一般利用者の間に普及した。

私自身、米国は北カリフォルニアに住んでおり日常的にライドシェアサービスを利用するが、その利便性には舌を巻く。日本と違い交通インフラが脆弱な米国で自家用車によらず自由に好きな場所に移動可能になるとはライドシェアが登場するまでは考えたこともなかった。空港で拾ったタクシーに、行った事もない場所について言葉だけで説明する苦労をした経験者には、ただ乗り込むだけでトラブルなく目的地に到着できる事がどんなに素晴らしいか想像いただけるだろう。

 

「ライドシェアリング・サービス」を提供する企業は世界に複数社存在しているが、本書籍が取り上げるのはタイトルにある通り「ウーバー・テクノロジー社 / Uber Technologies」である。ちなみに本書によるとウーバーとは「すごいもの」を表す言葉だとか。

 

さて、斯様な画期的なサービスが今までなぜなかったのか。この本では「ウーバー“解体新書”《ウーバーの成功を支えた四つの背景》」と銘打った章をひとつあてがって説明している。GPSスマートフォンの発展と普及に支えられているなど、技術的なタイミングが合致した事などが述べられており大変興味深い。

 

また後半の章では「ウーバーの軌跡《世界展開の光と影》」として米国以外へ地域でのウーバー社の奮闘が述べられている。米国内では圧倒的なシェアを誇る同社が他地域では撤退も含めて苦戦の連続である事がよく分かる。苦戦の原因は誤解を恐れずに言えば、同社に配車マネジメントアルゴリズムに強みがあるとはいえ、ビジネスモデルそのものは模倣が可能であり、都市ごとに交通手段の様子が様々である事から地元発の企業が寡占状態を狙い得る点だ。特に移動をサービスとする事から政府自治体からのサポートも地元発企業には厚い。

 

本書を読み進めるにつけ思うのは、ドライバーと乗客を結びつけるアルゴリズムには独自性があり、一朝一夕で開発できるものではないにせよ、利用可能な技術の各要素は国を問わず誰の前にも平等で目の前にあったはず。さらに既存のタクシーへの不満も多かれ少なかれ誰もが抱えていたであろう事は想像に難くない。そのように誰の前にも技術、課題が揃っていたにもかかわらずウーバーが世界に先駆けて登場した事に個人的には注目したい。イノベーションは起こるべくして起こるのではなく、行動に移す人間がいて初めて起こるもの。本書では特に起業前夜に関する深堀はされていないが、一考に価すると思う。

 

また最終章で日本へのウーバー社上陸の可能性について論じられている。私個人としては日本の公共交通機関が発達した地域的特性を深く理解した日本独自のサービスが生まれる事を期待したい。本書で示されている通りウーバー社のビジネスモデルは同社しか実現可能なものではないし、同社に日本市場をすんなり献上するのも悔しいではないか。

 

将来日本市場で斯様なサービスを提供するのはウーバー社か日本企業かは楽しみにとっておくとしても、これまで当たり前だと思っていた移動手段に変化が訪れつつあることは本書を読み通す事で体感できること請け合いである。特に著者自身がサービス提供側のドライバーになった感想(第4章ウーバー体験記)からはリアルなサービスの実態も垣間見える。

 

欲を言えばタクシー以外の交通手段との関係性や都市部と郊外の違いなどに踏み込んだ議論が欲しかったところだが、ライドシェアリング・サービスに興味を持った方の導入書としては幅広く網羅されている良書と言える。

 

以上